がん幹細胞が標的の抗がん剤新薬を治験開始

乳がん、胃がん、肝臓がん、骨肉腫に対して、全く新しい概念の抗がん剤新薬による治療の臨床試験が開始される。

新しい抗がん剤治療の概念とは、「がん幹細胞」を標的にした抗がん剤による治療だ。がん細胞には、通常のがん細胞以外にも「がん幹細胞」と呼ばれる特殊ながん細胞が存在することが最近のがん研究で明らかになってきた。

「がん幹細胞」とは、分裂することで自分と同じがん細胞を生成したり(自己複製能)、他の様々な種類のがん細胞に分化もできる(多分化能)、2つの性質を持つ特殊ながん細胞。抗がん剤で通常のがん細胞を多く攻撃し尽くしても、がん幹細胞が少数でも残っていると、再びがん細胞を増殖してがんが再発することが解かってきたのだ。 つまり強い抗がん剤で多くがん細胞を叩いても、がん幹細胞を残すとがんは再発・転移する。逆には、がん幹細胞をこそ叩ければ、がんは再発転移しない と言える。 このがん幹細胞が再発転移の元凶であることが判明したのは1997年だが、その後の2000年以降は次々とそれぞれのがんに特有のがん幹細胞が発見された。そして、これらのがん幹細胞を主な標的に据えた抗がん剤新薬が次々と開発されたのだ。

<乳がん新薬>

乳がんのがん幹細胞に関しては、がん幹細胞が増殖するために作る3種類のたんぱく質が発見されている。これらのがん増殖たんぱく質は、がん幹細胞へ栄養を送る新生血管を伸ばす役割を持っていることが判明した。そこで、これらのがん幹細胞内のがん増殖タンパク質を標的にした抗がん剤新薬の開発が進められている。新薬によって、がん細胞へ新生血管が延びることを妨げれば、がん幹細胞への栄養を遮断し、がん細胞を兵糧攻めにする効果が期待される。

<胃がん新薬>

胃がん患者のがん幹細胞も特定されており、このがん幹細胞の表面にはあるタンパク質「CD44V」を標的にした抗がん剤新薬が開発された。

この「CD44V」は、胃がん治療の際にがん幹細胞の抗がん剤への防御能力を高める働きを持つ原因だと判っている。既存の抗炎症薬がCD44Vの働きを阻害する効果が認められたためにこの抗炎症薬を抗がん剤と併用して治療するのだ。

使用される抗炎症剤は「スルファサラジン」、炎症を抑える薬として承認済みだ。「スルファサラジン」と抗がん剤を一緒に投与したマウスの実験では、たんぱく質CD44Vの働きが抑えられ、がん幹細胞が死滅しやすくなった。 さらにがんの増殖抑制だけでなく、転移・再発の抑制にも効果が得られたのだ。

「スルファサラジン」による胃がん治療は、慶応義塾大学と国立がん研究センター東病院が、2012年内に胃がん患者を対象にして、臨床研究を開始する予定。まずは、スルファサラジンを投与し、効果や安全性などを調べる。

CD44は乳がんや大腸がん、肺がん、子宮がんなどの固形がんでも、がん幹細胞に特有のタンパク質であることが解かっているため、「スルファサラジン」によるがん治療は、胃がんだけでなく、乳がんや大腸がん、肺がん、子宮がんへの応用が期待される。

<肝臓がん新薬>

肝臓がん治療ではがん幹細胞の表面の「CD13」という酵素の働きを抑える既存薬での治療に着目された。

肝臓がんのがん幹細胞表面で「CD13」という酵素が働いていることで、抗がん剤の効果が継続できないことが判った。そこでCD13の働きを抑える効果のある既存の白血病治療薬「ウベニメクス」を、 抗がん剤と同時投与する新しい治療法が考案された。 既存の抗がん剤である「5-FU」は、投与し続けると効果が徐々に薄れてしまう問題があったのだ。

既に、マウスの実験では、「ウベニメクス」と「5-FU」を併用することで、肝臓がんが縮小、消滅する成功を収めている。

「ウベニメクス」を用いた新しい治療法は、2013年に大阪大学が臨床研究を開始する予定だ。

<骨肉腫新薬>

骨のがんである骨肉腫に関してもがん幹細胞の存在が確認されており、その内部で働く病状の悪化を招く微小RNA(リボ核酸)も3種類が特定されている。この内の1種類のRNAの働きを抑える新薬が開発された。 このがん幹細胞内のRNAの働きを抑える新薬のマウス実験では、抗がん剤が効き難いがん幹細胞に対しても薬の効果が確認された。がん幹細胞の数が大幅に減少させる効能が発揮されたのだ。

骨肉腫の「がん幹細胞」を狙った新治療薬は、国立がん研究センターが動物実験を続け、3年後の2015年を目処に臨床試験(治験)を開始する計画だ。

これらのがん幹細胞を標的にした抗がん剤治療法は、従来の抗がん剤治療とは概念が全く異なる。すなわち、従来は攻撃するがん細胞の数を多くすることが重要視されてきたが、数よりもがん細胞の質=がん幹細胞という要点のみを狙う「抗がん標的の質」を重要視され始めたのだ。 新手法の各治験はこれからだが、治療が成功すれば、それぞれのがん治療は増殖抑制・縮小だけでなく、再発・転移の懸念も払拭できる根治治療への道が開かれることになる画期的な思想の転換である。

臨床試験の結果を注視したい期待の抗癌がん剤新薬群だ。

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